
VOICE 177
Allan and Celine Bacani, Owners of Lee’s Donuts
Photography - HIRO Interview - MINA

"Lee’s Donutsは、すべての人のためのファミリーブランドです"
ドーナツは人生の中でもささやかな喜びのひとつ。ふんわりと甘く、子どもの頃の記憶や、午後のひとときのご褒美として、多くの温かい思い出と結びついています。Lee’s Donutsの成長を牽引してきたアランとセリーヌにとって、その記憶は特別に深いものでした。
アランとセリーヌは共にバンクーバーエリアで生まれ育ち、実業家精神あふれるフィリピン系移民の家庭に育ちました。そして、彼らは生まれながらの商売人でした。アランは少年時代、父親が運営するグランビル・アイランドの精肉店「Armando’s Finest Quality Meats」で働きながら育ちました。一方のセリーヌは、10代の頃に近所のデイリークイーンを任され、その中でビジネスの才覚を発見。その後、不動産業で成功を収めました。家族経営、そして音楽やアートへの共通のルーツが、やがて2人の人生で最も意義深い取り組みへとつながっていきます。そう、Lee’s Donutsを新たな時代へと導くという挑戦です。
1979年の創業以来、地域に愛され続けてきたグランビル・アイランドの人気ドーナツ店が、2017年に売りに出されると聞いたとき、2人は単なるビジネスチャンス以上のものを見出しました。彼らにとってそれは、地元の象徴的な存在を守る機会でした。創業当時のレシピを守り、長年の仕入れ先との関係を続け、懐かしく温かなサービスを大切にすること。それが彼らの使命となりました。そして同時に、Lee’sにはさらなる可能性があるとも感じていたのです。彼らの手で現代的な感性を吹き込み、新しい世代にも愛される存在へと進化させていきました。遊び心あふれるブランドマスコット「ジョニー・グレイズ」や、月替わりの限定ドーナツ(フィリンピンならではのウベ味も!)など、彼らのクリエイティブなバックグラウンドは随所に活かされています。
パンデミック中、店舗の営業を止めるのではなく、アランとセリーヌはスタッフを集めて医療従事者のためにドーナツを焼く「High Five for the Front Line」キャンペーンを開始。この温かな行動は人々の心を掴み、Lee’sが単なる観光名所ではなく、地域に根ざした存在であることを再認識させました。その後もLee’sは着実に成長し、ラングレー、リッチモンド、ロンズデールの近隣店舗、そして最新店舗であるバーナビーのThe Amazing Brentwoodショッピングセンターへと展開しています。
Lee’s Donutsの変革は大胆ながらも誠実で、いつの時代も「心地よさ」・「創造性」・「つながり」の象徴であり続けています。ひとつひとつ手作業で作られたドーナツには、過去から受け継がれる温もりと、未来への想いが込められています。「私たちの前にもLee’sはあり、きっと私たちの後にも続いていく」。そう語る2人の口からは、「楽しい!」という言葉が何度も飛び出していました。その遊び心と情熱が、今日も変わらぬ魔法を運んでいます。ドーナツと、笑顔をひとつずつ。
VOICE:どのようにしてドーナツビジネスに参入したのですか?
アラン(A):2017年、ネットを見ていたときに、グランビル・アイランドで売りに出されているベーカリーの情報を見つけました。グランビル・アイランドにはベーカリーが3店舗しかないので、写真と説明を見てすぐに「これはLee’sだ」と気づいたんです。すぐにショップがあるジョンソン通りの人通りについて、大家さんに確認したところ、なんと前年の来訪者は約680万人! 複数の買い手候補がいる中で、僕はビジネスプランの作成を、セリーヌは不動産エージェントとして交渉を担当しました。オーナーのベティ・アン・リーさんとは子どもの頃からの知り合いでしたが、公平を期すために、あくまで他の買い手と同様に競いました。グランビル・アイランドで育ったことが多少影響したのかもしれませんが、オーナーは私たちのストーリーに心を動かしてくれて、同年11月に譲ってくれたのです。
VOICE:Lee’s Donutsの思い出は?
A:父の精肉店で働いていた頃、誰かが必ずドーナツショップでフリッターを買ってきてくれて、みんなで食べていました。午後の最高のご褒美でしたね。味も変わらず、いつも安定していました。
セリーヌ(C):バンクーバーで育った人なら、誰もがLee’s Donutsの思い出を持っていると思います。それって本当にすごいことですよね。私もアランの父のお店を手伝っていた頃、チップジャーからお金を出して、ドーナツを買いに行ったことを覚えています。
VOICE:40年以上続くブランドをどう再構築しようと考えましたか?
A:前オーナーには、「何も変えたくない、ただもっと広げたいだけ」と伝えました。彼らが築いたものを守ることに集中していました。でも、実際にやってみると、これは単なるドーナツビジネスではなく、ブランドビジネスでもあると気づいたんです。それがセリーヌと僕を一気にワクワクさせました。デジタルマーケティング、グッズ、スペシャルティコーヒーなど、未開拓の可能性がたくさん見えてきて、明確なビジョンが浮かびました。ウェブサイトを立ち上げ、インスタもゼロから始めました。引き継いだ時点では、クレジットカードも使えず現金のみの店だったんですよ。
小さな家族経営の中で育ったので、父はいつも「動きは最小限、成果は最大限」と教えてくれました。だから最初の2年は徹底的にオペレーションの効率化に集中。その土台ができてから、マーケティングやコミュニティづくりに力を入れていきました。
C:私たちの最初の目標は、やはり“伝統の守る”ことでした。ただ、すぐに改善すべき点もあって、オペレーションの簡素化を進めました。それまでのLee’sでは、ドーナツだけでなく、マフィンやクレープ、各種ドリンクまで扱っていたんです。メニューを「ドーナツ+コーヒー」のみに絞り、コーヒーはMatchstick出身者が立ち上げたHome Island Coffeeのものを導入しました。
私たちは前のオーナーよりも若く、経験も浅かったので、スタッフからの信頼を得ることも重要でした。時間をかけて一人ひとりに寄り添い、安心感を持ってもらえるよう努力しました。
VOICE:ブランドリニューアルで特に大切にしたことは?
C:Lee’s Donutsの“精神”は決して変えたくありませんでした。グランビル・アイランドという場所も特別ですし、あの空間が持つノスタルジックな魅力や、すべての人を歓迎する温かさを残したかったんです。ただ、視覚的なアイデンティティには新しい息吹が必要だと感じていました。そうして生まれたのがマスコットの「ジョニー・グレイズ」です。あのピンクのフロスティングとスマイルは、私たちの“遊び心”を象徴しています。
Lee’sを単なる「観光地のドーナツ屋さん」にとどめたくはなかったんです。家族や地域にとって大切な存在として、地元で日常的に愛されるブランドにしたかった。なので、商品のネーミングも親しみやすいものにしました。たとえば「Pink Feather」や「Honey Dip」など、昔ながらの呼び方からイメージしやすくて、記憶に残るものに。
A:実は自分たちの好みでフレーバーを決めている部分も多いんです(笑)。月替わりで登場するフレーバーの多くは、僕らが本当に「美味しい!」と思ったものばかり。たとえば「ウベ(紫山芋)」や「マッチャ」は、僕たちのルーツであるアジア文化へのオマージュでもあります。Lee’sの伝統的なドーナツと、新しい風を組み合わせることで、より多くの人に楽しんでもらえるようにしています。
VOICE:パンデミック中もLee’sは動き続けていましたね。
C:営業停止という選択肢もありましたが、むしろ「自分たちにできることは何か?」を考えることにしたんです。そこで始めたのが「High Five for the Front Line」キャンペーンでした。医療従事者やエッセンシャルワーカーにドーナツを届けるプロジェクトで、多くの方々から「ありがとう」という言葉をいただきました。逆に私たちの方が励まされた思いでした。
その後、スタッフや地域の人たちの協力も得ながら、オンライン注文システムを導入したり、新店舗の開発に取り組んだりして、ブランドをさらに進化させていきました。パンデミックという逆境が、逆に私たちの信念を強くしたように思います。
A:あの期間は、どんな小さな喜びでも、ものすごく意味がある時期でしたよね。誰かの一日を、たった一つのドーナツで少しでも明るくできる。それは、まさに自分たちがこのビジネスを始めた理由と重なっていました。
VOICE:Lee’s Donutsをどんな存在として育てていきたいですか?
C:Lee’sは“家族”です。創業者であるリー夫妻が大切にしてきた価値観「人とのつながり」・「誠実さ」・「手仕事のぬくもり」は、今も私たちの原点です。スタッフも、地域の人々も、みんながこのブランドの一部。私たちは単に「ドーナツを売る」ことよりも、コミュニティとの絆を深めていくことを大切にしています。
A:Lee’sは僕たちよりも前から存在していたし、おそらく僕たちの後も続いていくと思います。僕たちは、今この時代にバトンを受け取り、自分たちの色を加えながら、その価値を次の世代に手渡していく役目を担っているだけ。だから、「Lee’sを変える」のではなく、「Lee’sらしさを未来につなぐ」ことが、僕らの使命なんです。
VOICE:最後に、お2人にとって“ドーナツ”とは?
C:愛と喜びの象徴ですね。子どもの頃からの幸せな記憶が詰まっていて、誰かと分かち合うことができる、そんな特別な存在です。
A:そうですね。一口食べるだけで、誰でも少し笑顔になれる。それって、実はすごいことだと思います。
